今回は、脂肪酸の完全酸化におけるH2Oの関与について考察してみます。炭素数16の脂肪酸であるパルミチン酸を例にして、先ず、その化学的な燃焼を考えます。その反応式は次のようになります。
C16H32O2
+ 23 O2 → 16 CO2 +16 H2O・・・反応式12
パルミチン酸の酸化が生体で起きる場合には、代謝経路の中間体にH2Oが取り込まれつつ脱水素反応が起きます。そこで、パルミチン酸の酸化を形式的に二つの反応に分けて表します。まず、パルミチン酸の炭素原子をCO2に酸化する反応が進行します。
C16H32O2 +30
H2O →16 CO2 + 92 H+ + 92 e- ・・・反応式13
パルミチン酸がH2O と反応して、CO2を生成する過程で脂肪酸からH原子(H・= H+ + e-)が取り出されて、H2OのO原子がCO2のO原子になります。この過程は、β酸化とクエン酸サイクルが行います。続いて、O2分子を還元してH2Oを生成する次の反応が続いて起きます。
92 H+ +92
e- +23 O2 → 46 H2O ・・・反応式14
この反応は、ミトコンドリアの電子伝達系によって行われ、ATP合成のためのエネルギーが取り出されます。反応式13でH2Oが30分子使われ、反応式14で46分子できるので、正味16分子のH2Oが生成します。
ところで、このように進行するパルミチン酸の完全酸化も、化学的な燃焼と同じ反応式12で表すことができるはずです。このことを確認しましょう。実際に体内で起きる脂肪酸酸化の化学変化は、図9Aと10で示すように進みます。反応式で表すと次のようです。
①
脂肪酸 + CoA-SH + ATP → アシルCoA + AMP + PPi
+ H+・・・反応式15
②
アシルCoA(C: n個)+ FAD → trans-Δ2-エノイルCoA + FADH2
③
trans-エノイル-CoA + H2O → L-3-ヒドロキシアシルCoA
④
L-3-ヒドロキシアシルCoA + NAD+ → 3-ケトアシルCoA + NADH + H+
⑤
3-ケトアシルCoA + CoA-SH → アセチルCoA + アシルCoA(C: n₋2個)
①の反応式の脂肪酸はカルボキシル基が解離した型(RCOO-)です。この反応は脂肪酸の活性化で、そのメカニズムを図9Aに示します。先ず、脂肪酸のカルボキシル基がATPのα位リン酸に結合してアシルAMPが中間体として生成してPPiが遊離します。続いて、CoA-SHのチオール基がアシルAMPのカルボニル炭素を攻撃し、アシルCoAと AMPが生成します。このときチオールからH+が遊離します。①の反応を完全に進行させるのは、PPiのピロホスファターゼによる加水分解で生じるエネルギーです。反応式15だけ見ると、ATPのエネルギーを使って脂肪酸とCoA-SHの間でチオエステル結合を作る反応に見えます。ここで、反応産物のAMP、PPiおよびH+から反応に使われるATPを生成する反応(図9Bに示す)を考えると、①の反応は、カルボキシル基が非解離型の脂肪酸(RCOOH)とCoA-SHとの間で起きる脱水縮合で置き換えることができます。脂肪酸がパルミチン酸の場合、次の化学式のようになります注1)。
パルミチン酸(RCOOH)+ CoA-SH → パルミトイルCoA + H2O・・・反応式16
この反応はサイトゾルで行われ、アシルCoAはミトコンドリア内膜を通過し、マトリックスにおいて酸化されます。この酸化は脂肪酸のβ位でおきるのでβ酸化と呼ばれ、上記の②から⑤の反応の繰り返しによって進みます。パルミチン酸の酸化では、パルミトイルCoAから出発し、7回繰り返されます。パルミトイルCoAの酸化のバランス式は次のようになります。
パルミトイルCoA + 7 FAD + 7 NAD+
+ 7 CoA-SH + 7 H2O →
8 アセチルCoA + 7 FADH2
+ 7 NADH + 7 H+・・・反応式17
8 アセチルCoAがクエン酸サイクルで代謝される反応は、「二重標識水法(その1)」の反応式6の両辺を8倍して、
8 アセチルCoA +24 NAD+ +
8 FAD + 8 GDP +8 Pi + 16 H2O →
16 CO2 +24
NADH +8 FADH2 + 8 GTP + 16 H+ + 8 CoA-SH
となります。この式と反応式16および17の両辺をそれぞれ加え合わせると、反応式13に対応した式が得られます。
パルミチン酸(RCOOH)+ 31 NAD+ +
15 FAD + 8 GDP +8 Pi + 22 H2O →
16
CO2 +31 NADH +15 FADH2 +
8 GTP + 23 H+
左辺の8 GDPと8 Piは、次式ように
8 GTPの加水分解反応によって生成します。
8 GTP + 8 H2O
→ 8 GDP +8 Pi + 8 H+
これら二つの反応式の両辺をそれぞれ加えると、反応式13に対応した次の式が得られます。
パルミチン酸(RCOOH)+ 31 NAD+ +
15 FAD + 30 H2O →
16 CO2 +31 NADH +15 FADH2 + 31 H+・・・反応式18
この反応でできる 31 NADHと15 FADH2 が電子伝達系を介してO2を還元してH2Oを生成します。この反応は、次式のようになります。反応式14に対応する反応です。
31
NADH +15 FADH2 + 31 H+ + 23 O2 → 31
NAD+ +15 FAD + 46 H2O
これら二つの反応式の両辺をそれぞれ加えると、反応式12になります。これで、脂肪酸の生化学的な酸化が脂肪酸の化学的な酸化(反応式12)と同じであることが確認できました。
次に、脂肪酸の完全酸化で生じるCO2のOの由来を調べてみます。パルミチン酸の炭素原子が酸化されてCO2を生成する反応は、形式的に反応式13で表されます。一見、パルミチン酸の2原子のOとH2O由来の30原子のOによって16 CO2ができるように見えますが、実際はパルミチン酸の由来Oは1原子で、あとはすべてH2Oからです。事実、反応式18で示されるように31
H2Oが使われます。この点を考慮すると、反応式13を次のように表すことができます。
C16H32O2 +31
H2O →15 COO + COO + HHO + 31 H+ +
61 H+ + 92 e-
この式のHHOの二つのHは、反応式16で示されるようにパルミチン酸のカルボキシル基とCoA-SHに由来します。CoA-SHのHは、アセチルCoAがクエン酸サイクルに入る段階でH2Oから入るので、H2O由来です。また、92 e-は、パルミチン酸のC:H結合およびC:C結合の電子対に由来します。
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注1)図9Bに書かれた化学変化を個別に表すと次のようになります。
(a)脂肪酸カルボキシル基の解離
脂肪酸(RCOOH)⇌ 脂肪酸(RCOO-)+ H+
(b) 脂肪酸の活性化
脂肪酸(RCOO-)+ CoA-SH + ATP ⇌ アシルCoA + AMP + PPi + H+
(c) ピロリン酸の加水分解
PPi
+ H2O → 2 HOPO3-2
(d) アデニル酸キナーゼによるリン酸基転移
AMP +
ATP ⇌ 2 ADP
(e) ミトコンドリアにおけるATP合成酵素の反応
2 ADP + 2 HOPO3-2+ 2 H+ ⇌ 2 ATP + 2 H2O
これらすべての式の両辺をそれぞれ足し合わせると、反応式16となります。(b)で使われるATPを、生成物であるAMP、PPi 、H+、および(a)で遊離するH+から作るとき、H2Oが生成します。このH2Oが反応式16のH2Oに相当します。実際、図9Aに示すように脂肪酸のカルボキシル基のO 原子がAMPのリン酸基のOとなり、このAMPが代謝される過程でH2Oが生成します。本文中のカラーで表した化学式においてこのH2OをHHOで示しました。
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