2017年1月22日日曜日

二重標識水法 その5 脂肪酸の完全酸化

今回は、脂肪酸の完全酸化におけるH2Oの関与について考察してみます。炭素数16の脂肪酸であるパルミチン酸を例にして、先ず、その化学的な燃焼を考えます。その反応式は次のようになります。

C16H32O2 + 23 O2 16 CO2 +16 H2O・・・反応式12

パルミチン酸の酸化が生体で起きる場合には、代謝経路の中間体にH2Oが取り込まれつつ脱水素反応が起きます。そこで、パルミチン酸の酸化を形式的に二つの反応に分けて表します。まず、パルミチン酸の炭素原子をCO2に酸化する反応が進行します。

C16H32O2 +30 H2O →16 CO2 + 92 H+ + 92 e   ・・・反応式13

パルミチン酸がH2と反応して、CO2を生成する過程で脂肪酸からH原子(H・= H+ + e)が取り出されて、H2OO原子がCO2O原子になります。この過程は、β酸化とクエン酸サイクルが行います。続いて、O2分子を還元してH2Oを生成する次の反応が続いて起きます。


92 H+ +92 e +23 O2 → 46 H2O  ・・・反応式14

この反応は、ミトコンドリアの電子伝達系によって行われ、ATP合成のためのエネルギーが取り出されます。反応式13H2O30分子使われ、反応式1446分子できるので、正味16分子のH2Oが生成します。
図9.脂肪酸の活性化。 A, 脂肪酸の活性化のメカニズム。B, 脂肪酸活性化反応の生成物であるAMPPPi H+、および脂肪酸の解離でできるH+からATPH2Oが生成することを示す。詳細は注1)参照。https://ja.wikipedia.org/wiki/%CE%92%E9%85%B8%E5%8C%96#/media/File:Activation_of_fatty_acids.pngをベースにして作成。


10.脂肪酸のβ酸化。パルミチン酸の場合、反応1から4の過程が7回繰り返される。「原書3版 医学のためのコア生化学」D.B. Marks著、伊藤誠二ら訳(丸善)の図を改変。

ところで、このように進行するパルミチン酸の完全酸化も、化学的な燃焼と同じ反応式12で表すことができるはずです。このことを確認しましょう。実際に体内で起きる脂肪酸酸化の化学変化は、図9A10で示すように進みます。反応式で表すと次のようです。

     脂肪酸 + CoA-SH + ATP → アシルCoA + AMP + PPi + H+・・・反応式15
     アシルCoAC: n個)+ FAD → trans-Δ2-エノイルCoA + FADH2
     trans-エノイル-CoA + H2O → L-3-ヒドロキシアシルCoA
     L-3-ヒドロキシアシルCoA + NAD+ → 3-ケトアシルCoA + NADH + H+
     3-ケトアシルCoA + CoA-SH → アセチルCoA + アシルCoAC: n2個)
   
①の反応式の脂肪酸はカルボキシル基が解離した型(RCOO)です。この反応は脂肪酸の活性化で、そのメカニズムを図9Aに示します。先ず、脂肪酸のカルボキシル基がATPのα位リン酸に結合してアシルAMPが中間体として生成してPPiが遊離します。続いて、CoA-SHのチオール基がアシルAMPのカルボニル炭素を攻撃し、アシルCoA AMPが生成します。このときチオールからH+が遊離します。①の反応を完全に進行させるのは、PPiのピロホスファターゼによる加水分解で生じるエネルギーです。反応式15だけ見ると、ATPのエネルギーを使って脂肪酸とCoA-SHの間でチオエステル結合を作る反応に見えます。ここで、反応産物のAMPPPiおよびH+から反応に使われるATPを生成する反応(図9Bに示す)を考えると、①の反応は、カルボキシル基が非解離型の脂肪酸(RCOOH)とCoA-SHとの間で起きる脱水縮合で置き換えることができます。脂肪酸がパルミチン酸の場合、次の化学式のようになります注1)

パルミチン酸(RCOOH+ CoA-SH → パルミトイルCoA + H2O・・・反応式16

この反応はサイトゾルで行われ、アシルCoAはミトコンドリア内膜を通過し、マトリックスにおいて酸化されます。この酸化は脂肪酸のβ位でおきるのでβ酸化と呼ばれ、上記の②から⑤の反応の繰り返しによって進みます。パルミチン酸の酸化では、パルミトイルCoAから出発し、7回繰り返されます。パルミトイルCoAの酸化のバランス式は次のようになります。

パルミトイルCoA + 7 FAD + 7 NAD+ + 7 CoA-SH + 7 H2O
     8 アセチルCoA + 7 FADH2 + 7 NADH + 7 H+・・・反応式17

8 アセチルCoAがクエン酸サイクルで代謝される反応は、「二重標識水法(その1)」の反応式6の両辺を8倍して、

8 アセチルCoA +24 NAD+ + 8 FAD + 8 GDP +8 Pi + 16 H2O →
                            16 CO2 +24 NADH +8 FADH2 + 8 GTP + 16 H+ + 8 CoA-SH

となります。この式と反応式16および17の両辺をそれぞれ加え合わせると、反応式13に対応した式が得られます。

パルミチン酸(RCOOH+ 31 NAD+ + 15 FAD + 8 GDP +8 Pi + 22 H2O →
                                          16 CO +31 NADH +15 FADH2 + 8 GTP + 23 H+ 

左辺の8 GDP8 Piは、次式ように 8 GTPの加水分解反応によって生成します。 

8 GTP + 8 H2O → 8 GDP +8 Pi + 8 H+

これら二つの反応式の両辺をそれぞれ加えると、反応式13に対応した次の式が得られます。

パルミチン酸(RCOOH+ 31 NAD+ + 15 FAD + 30 H2O →
       16 CO2 +31 NADH +15 FADH2 + 31 H+・・・反応式18

この反応でできる 31 NADH15 FADH2 が電子伝達系を介してO2を還元しH2Oを生成します。この反応は、次式のようになります。反応式14に対応する反応です。

31 NADH +15 FADH2 + 31 H+ + 23 O2 → 31 NAD+ +15 FAD + 46 H2O

これら二つの反応式の両辺をそれぞれ加えると、反応式12になります。これで、脂肪酸の生化学的な酸化が脂肪酸の化学的な酸化(反応式12)と同じであることが確認できました。

次に、脂肪酸の完全酸化で生じるCO2Oの由来を調べてみます。パルミチン酸の炭素原子が酸化されてCO2を生成する反応は、形式的に反応式13で表されます。一見、パルミチン酸の2原子のOとH2O由来の30原子のOによって16 CO2ができるように見えますが、実際はパルミチン酸の由来Oは1原子で、あとはすべてH2Oからです。事実、反応式18で示されるように31 H2Oが使われます。この点を考慮すると、反応式13を次のように表すことができます。

C16H32O2 +31 H2O →15 COO + CO + HHO + 31 H+ + 61 H+ + 92 e

この式のHHOの二つのHは、反応式16で示されるようにパルミチン酸のカルボキシル基とCoA-SH由来します。CoA-SHのHは、アセチルCoAがクエン酸サイクルに入る段階でH2Oから入るので、H2O由来です。また、92 eは、パルミチン酸のC:H結合およびC:C結合の電子対に由来します。

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注1)図9Bに書かれた化学変化を個別に表すと次のようになります。

(a)脂肪酸カルボキシル基の解離
   脂肪酸(RCOOH脂肪酸(RCOO+ H+

(b) 脂肪酸の活性化
脂肪酸(RCOO+ CoA-SH + ATP ⇌ アシルCoA + AMP + PPi + H+

(c) ピロリン酸の加水分解
PPi + H2O → 2 HOPO3-2

(d) アデニル酸キナーゼによるリン酸基転移
AMP + ATP ⇌ 2 ADP

(e) ミトコンドリアにおけるATP合成酵素の反応
2 ADP + 2 HOPO3-2+ 2 H+ ⇌ 2 ATP + 2 H2O


これらすべての式の両辺をそれぞれ足し合わせると、反応式16となります。(b)で使われるATPを、生成物であるAMPPPi H+、および(a)で遊離するH+から作るとき、H2Oが生成します。このH2O反応式16H2Oに相当します。実際、図9Aに示すように脂肪酸のカルボキシル基のO 原子がAMPのリン酸基のOとなり、このAMPが代謝される過程でH2Oが生成します。本文中のカラーで表した化学式においてこのH2OHHOで示しました。

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