2016年11月1日火曜日

二重標識水法 その2  同位体平衡

二重標識水法の原理を知るには、水と炭酸ガスの間で起きるO原子の同位体平衡を理解することが必要です。前回のブログでは、この平衡が速やかに進むことについて納得のゆく説明ができていないので、今回は同位体平衡の速度について議論をします。初めに、このブログを書くに当たって参考にした文献を掲げます。

9Mills GA, Urey HC: The kinetics of isotopic exchange between carbon dioxide, bicarbonate ion, carbonate ion and water, J. Am. Chem. Soc., 62, 1019–1026 (1940)

10. Frost A, Pearson R, “Kinetics and Mechanism, Second Edition”, John-Wiley & Sons, New York (1961) pp. 192-193

12.Itada N, Forster RE: Carbonic anhydrase activity in intact red blood cells measured with 18O exchange, J. Biol. Chem. 252, 3881-3890 (1977)


13. Silverman DN, Lindskog S: Catalytic mechanism of carbonic anhydrase: implication of a rate-limiting protolysis of water, Format: Acc. Chem. Res., 21, 30-36 (1988)

14a. Simonsson I, Jonsson BH, Lindskog S: A 13C nuclear magnetic resonance study of CO2/HCO-3 exchange catalyzed by human carbonic anhydrase I, Eur. J. Biochem., 129, 165-169 (1982) 

14b. Khalifah RG: The carbon dioxide hydration activity of carbonic anhydrase. I. Stop-flow kinetic studies on the native human isoenzymes B and C, J. Biol. Chem., 246, 2561-2573 (1971)

前回の二重標識水法の原理の説明で、①水と炭酸ガスの間でOの同位体平衡が起きることと、②二重標識水と体水分の間でO原子の交換が起きることを書きました。実は、測定原理を解説している参考文献(文献1-3)で、①については原理の前提として記載がありますが、②については言及がありません。二重標識水・体水分間でO原子の交換平衡が起きるのですが、このことが強調されないのは、二重標識水と体水分の間の混合が起きた結果と見かけ上変わりがないためかもしれません。ところで、①と②の事象が同時に起きるのは、次の平衡反応が速やかに進むからです。
CO + H2O   H2CO3  HCO3 + H+
その根拠をこれから説明してみます。

そもそも、O原子が二重標識水・体水分間で交換することを私が知ったのは、 Lifsonらの論文(文献6)に次のような記載があったからです。

  At a pH less than 8, the predominant reaction is the following.
                    k1
              CO + H2O   H2CO3           (2
    k2 
If either the carbon dioxide or the water initially contains all the labeled oxygen, by this reaction the isotope becomes distributed among all three reactants until the atom per cent 18O is the same in each, except as the process is influenced by fractionation effects”. For the present purposes, the exchange equilibrium may be represented as follows:
C16O 18O + H216 C16O 16O + H218O
Employing a value of 0.10 sec.l for the velocity constant, kl (H2O), of Reaction 2, uncatalyzed, at 38°and pH 7.4, one can calculate from the appropriate equation of Mills and Urey that 99 per cent of isotope equilibrium is reached in 138 seconds. However, the amounts of carbonic anhydrase in blood appear to be sufficient for exchange equilibrium to be achieved in a fraction of a second.

 このくだりで述べられているのは、次のようなことです。COH2Oのいずれか O原子がすべて18Oと仮定して、
CO + H2O   H2CO3・・・・反応式5
の反応によって、CO H2O H2CO3の三者の間で18Oの同位体比が等しくなること、そして、この同位体平衡(触媒の非存在下で)が99%まで進むのに要する時間が138秒で、カルボニックアンヒドラーゼ(炭酸脱水酵素)の存在する血液では1秒にも満たない間に平衡に達するということです。上記論文はMills Ureyの式から同位体平衡の速度を計算できるとありますが、Mills Ureyの論文(文献9)には式が多数あり、どのように計算されたのかはっきりしません。そこで、手持ちの反応速度論を扱った本(文献10)を調べてみて、「同位体交換反応」の解説をみつけました。さらに、ウェブ上にも参考になるサイト(文献11)を見つけました。勉強してみて理解した同位体交換反応の速度論に基づいて、問題の解答を試みます。

 先ず、最も単純な次の交換反応を考えます。
AX + BX* AX* + BX
ここで、Xは普通の同位体、X*は標識となる同位体です。[AX] + [AX*] = a[BX] + [BX*] = b[AX*] = xRAXの濃度がa , BXの濃度がbの場合の反応速度、平衡に達したときの[AX*]xとすると、平衡反応の進行した比率(x/x)と反応時間(t)との間に、次の関係式が得られます。
loge [1 (x/x) ] =  (R/ab)(a + b) t
この式を用いてCO  H2Oの間でOが同位体平衡に達する時間を計算してみます。AXCOBXH2Oとみなすと、a = 0.0012 M (血液中のCO濃度)b = 55.5 M (H2Oのモラー濃度)となります。CO + H2O  H2CO3 の2次反応速度をkとすると、R = kab =[CO] [H2O] です。Lifsonらの論文にあるk[H2O] = 0.1 s1とすると、これにa 即ち 0.0012 Mを乗じてR = 1.2 ×104 M s1となります。これらの値を使って x/x = 0.99とすれば、同位体平衡が99%まで進むのに要する時間を求めることができます。
loge [1 (x/x) ]  = 2.303×log10 (1 0.99) = 2.303×log10 0.01 = 4.606 となるので、上の式は、
4.606 = [ 1.2 ×104/ (0.0012 × 55.5)] (55.5 + 0.0012) t
これから、t = 46 sです。

反応式5の逆反応(H2CO3   CO + H2O)は、1次反応速度定数が50 s-1であり、COの水和反応CO + H2O H2CO3、擬1次反応速度定数[H2O] = 0.1 s1)より速やかですが、Oの交換速度に影響します。この反応ではH2CO3の3個のOの2個がCOOとなり、1個がH2OOとなるので、Oの交換の頻度は、H2OではCO1/2です。交換頻度の小さい過程によって Oの交換速度が決まる点を考慮すると、H2Oへの交換がH2CO3の生成反応3回につき1回起きるので、交換反応が平衡の99%に達するに要する時間は上で求めた46秒の3倍の138秒になります。

 ここまでの説明は、触媒の無い条件の反応についてです。血液中では、赤血球にカルボニックアンヒドラーゼが存在し、CO  H2O  との反応を劇的に促進します。触媒非存在下の反応速度に対する血球中の反応速度の比を、実験結果のコンピュータシミレーションによって求めた研究があります(文献12その実験は以下のようです。120 mM NaCl中に18Oで標識したNa HCO325 mMになるように溶解すると、反応式6の平衡反応によって18Oで標識された炭酸ガス(C18O16O)が生成します。そして、C18O16OH2Oとの間で起きるO原子の交換によって減少してゆきます。そこへ赤血球を懸濁させるとC18O16Oの減少が促進されます。このときのC18O16Oの減少の時間経過を調べ、コンピュータシミレーションによる解析がなされました。その結果によると、CO  H2O  との反応が酵素によって促進される比率は17,000倍でした。

 ところで、カルボニックアンヒドラーゼの触媒する反応は、反応機構に基づいて考えると、
CO + H2O   HCO3 + H+・・・反応式6
と表されます。逆反応の基質はHCO3で、触媒非存在下のH2CO3反応(H2CO3 CO + H2O が反応機構の過程に含まれません(文献13)。Oの同位体平衡を考えるうえで、反応式6の逆反応が律速にならないかを見てみます。ある論文(文献14a)に、pH 6.75の条件で正反応のkcat3.1×10s1逆反応のkcat4.1×10s1と示されており、逆反応は正反応より少し大きいので律速にならないと考えられます。したがって、正反応の速度を触媒非存在下の速度との比較に使うことができます。上記の17,000倍という値を使うと触媒非存在下で138秒だったので、血球中でのCOH2O間のOの交換平衡が99%に達するのに要する時間は、約1/100秒と予測されます。

血液全体での平衡を考えた場合、COHCO3の赤血球膜の透過がCOH2O間のOの交換平衡にどのように影響するかを検討する必要があります。肺や末梢組織におけるCOHCO3の赤血球膜透過の速やかさを考慮すると、膜透過はあまり影響がないと考えられます。なお、上記の議論では、CO H2Oとの非触媒的反応のk[H2O]  Lifsonらの論文(文献6)に従って0.1 s1として計算しましたが、当時より新しい測定ではもう少し大きい値(0.18 s1文献12)が得られています。この値によると、非触媒的な反応でCOH2O間のOの交換平衡が99%に達するまでの時間は77秒になります。体重60 kgの人では循環血液量(約5L)が1分間に循環系を一回りするので、末梢組織から肺まで達するのに大まかにみて30秒かかります。30秒では非触媒的な反応によってCOH2O間のOの交換平衡が十分進まないので、赤血球カルボニックアンヒドラーゼの重要性が認識されます。




 今回の話は、反応速度論が出てきて分かりにくかったかもしれません。カルボニックアンヒドラーゼの働きによって、組織で生じたCOが肺で呼気となって排出されるまでの間にH2OCOの間でO原子の同位体平衡が起きると同時に、二重標識水と体水分の間で酸素原子の交換が起きることの根拠を説明しました。本文で省きましたが、カルボニックアンヒドラーゼの酵素反応の諸定数を使って、赤血球中でのCO H2Oとの反応速度を見積もることができます。これを以下に付録として載せておきます。

付録

酵素反応速度論によると、酵素反応の触媒効率の尺度はkcat/Kmによって表されます。kcatは酵素の代謝回転数で、酵素1分子が1秒間に基質を生成物に変換する回数を示し、Kmは酵素のミハエリス定数です。基質濃度([S])がKmより十分低いと、酵素反応の速度は
v =kcat/Km[E]T[S]
となります。ここで、[E]Tは酵素の濃度です。

 この式を赤血球中のカルボニックアンヒドラーゼの反応に適用してみます。血液のCO濃度[S]1.2 ×10Mで、Km ×10M(文献14なので、上記の [S]Kmの条件をほぼ満たしています。kcat = 1.4 ×10s1(文献14bKm = ×10M ですから kcat/Km = 1.5 × 10M-1s-1となります。ただし、この値は25℃、pH > 8の条件のもので赤血球中の条件を反映しませんが、おおまかな計算のため、このkcat/Km を用いることにします。赤血球中では[E]T = 1×105 Mなので、kcat/Km[E]T = ~1.5 × 10s1となります。kcat/Km[E]Tは触媒非存在下の[H2O] (= 0.1 s1に対応するので、赤血球中の反応速度は~15,000倍になります。
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2016年7月23日土曜日

二重標識水法 その1 原理


1.二重標識水法と私
私が二重標識水法を知ったのは、管理栄養士養成校に勤めるようになった平成20年のことです。その年に応用栄養学の国家試験対策を担当したのがきかっけで、二重標識水法が国家試験に出題されることを知りました。そこで、応用栄養学の教科書を見てみると、この方法の記載があり、さらに数式を使った解説も香川靖雄著「やさしい栄養学」(女子栄養大学出版部)で見つけました。二重標識水法では、2H18Oを自然界の水より多く含む水(二重標識水)を飲んだのち、体内の水分の2H18Oそれぞれの減少率を測り、18Oの減少率と2Hの減少率の差から炭酸ガス産生量を求めます。18O2Hとで減少率に差が出るのは、熱量素、即ち糖質、脂質およびたんぱく質が体内で完全に酸化分解されてH2OCO2に変わるからですが、2H18OH2OCO2にどのように取り込まれて体外に排出されるかについて、栄養学の教科書には記載がありませんでした。
 そこで、二重標識水法について調べるとともに、生化学の教育に長年携わった経験を活かして、グルコースの完全酸化について再考してみました。そして、18OによってH2Oの代謝を追跡すると、体内のH2O O原子は別のH2O分子のO原子と比較的速やかに交換するために、18Oが摂取した水、代謝できた水、体内にあった水すべてに一様に分布すると言う帰結になることを知りました。これによって、二重標識水法の原理をわだかまりなく理解できました。この体験には、唖然とすると同時に感動しました。化学反応に着目する生化学だけでは説明のつかないことが、全身の統合を重視する生理学的アプローチで疑問の解決ができたからです。ところで、二重標識水法の理解には、熱量素の代謝経路の詳細は必要ありませんが、その経路においてH2Oが直接反応しながら代謝が進行することが、私には関心事です。そこで、隠居の暇に飽かせて、グルコースの完全酸化の個々の反応について生化学の教科書や文献を調べて、H2OH+に着目した考察を試みました。その結果、HOの出入りを明確に記入した、グルコースの代謝経路の図を完成することができました。この図がエネルギー代謝の理解に役立つことを期待します。

 初めに、このブログを書くに当たって参考にした文献を掲げます。

1. Lifson N, Gordon GB, McClintock R: Measurement of total carbon dioxide production by means of D2O18, J. Appl. Physiol., 7, 704-710 (1955)

2. Speakman JR: The history and theory of the doubly labeled water technique, Am. J. Clin. Nutr., 68, 932S-938S (1998)

3. Schoeller DA : Measurement of energy expenditure in free-living humans by using doubly labeled water, J. Nutr., 118, 1278-89 (1988)

4. 齊藤 愼一, 海老根 直之, 島田 美恵子, 吉武 , 田中 宏暁: 二重標識水法によるエネルギー消費量測定の原理とその応用 生活習慣病対策からトップスポーツ選手の栄養処方まで, 栄養学雑誌, 57, 317-332 (1999)

5. Weir JB: New methods for calculating metabolic rate with special reference to protein metabolism, J. Physiol., 109, 1-9 (1949)

6. Lifson N, Gordon GB, Visscher MB, NierAO: The fate of utilized molecular oxygen and the source of the oxygen of respiratory carbon dioxide, studied with the aid of heavy oxygen, J. Biol. Chem., 180, 803-811 (1949

7Horiike K, Miura R, Isida T, Nozaki M: Stoichiometry of the water molecules in glucose oxidation revisited: Inorganic phosphate plays a unique role as water in substrate-level phosphorylation, Biochemical Education, 24, 17-20 (1996

8Mego J: The role of water in glycolysis, Biochemical Education, 14,130-131 (1986

2.二重標識水法とは (文献14)
二重標識水法は、水を構成する水素の安定同位体(2H)と酸素の安定同位体(18O)を使った、エネルギー消費量の測定方法です。通常の水は、大部分1H 16Oとから構成されますが、2H0.015%そして18O0.2%含まれます。二重標識水法では、2H 18Oを通常の水より多く含む水を被験者に飲んでもらいます。体内に入った二重標識水は、6時間ほどで体内の水と混ざって均一に分布します。体内の水分の18Oの量が250 ppm2Hの量が 50 ppmくらい増えるような量の二重標識水を飲むことになっています。その後通常の水を摂取して生活すると、2Hは水分の体外排出で失われるだけですが、18Oは水分排出に加えて呼気からCOとしても排出されるので、体内の18Oの減少率は2Hの減少率より大きくなります(図1)。実際上は、それぞれの減少率を18O/16O比と2H/1H比の減少率で表します。尿の水分を同位体比質量分析計で測定し、18O/16O比と2H/1H比の減少の経過を、約2週間にわたり調べます。
1. 体水分中の安定同位体濃度の減少の模式図。二重標識水を飲んだあとに18O/16O比と2H/1H比が飲む前の値から増加した分(Δ同位体比)の自然対数を取って縦軸に、時間経過を横軸にプロットしたグラフを示す。Δ同位体比の減少が直線で表される。上の線が2H/1H比の、下の線が18O/16O比の推移を示す。十分な時間が経った後の、両直線の縦軸の値の差からCO2の産生量を計算することができる。

次に、体内の18Oの減少率と2Hの減少率を使って、COの排出量をどのように求めるかを説明しましょう。先ず、二重標識水が体内の水と混ざって均一に分布した時点以降の18O2Hの行方を追跡します。均一に分布した時点までに、二重標識水の18O2Hは体内にあった水分子全体に一様に移行して平衡に達します。体内の水と混ざって均一に分布と言うのは、単なる混合ではありません。その後、摂取されたり代謝でできたりしたH2Oも随時同位体平衡に達します。このようなH2O の体外排出に伴って、体水分の18O2Hが時間経過とともに減少して行きます。さらに、O原子の同位体平衡と同時に、体液中のCOも随時H2Oとの間でO原子を交換して同位体平衡の状態になります。そして、そのCOの体外排出によっても体内水分の18Oが減少します。二重標識水が体内でこのような運命をたどるとすると、一定時間の後の18O2Hの減少率を知ればCOの産生量を次のように計算することができます。
水の排出量(rH2O)は、体内水分量(N)と2Hの減少率(kH)の積で求められます。
rH2O N k
また、N18Oの減少率(kO)の積は、Oの体内損失から見た体水分の減少量に等しく、水分排出と呼気からのCO排出によって体内から失われた水の量に相当します。このときの水分排出量はrH2O に等しいはずです。排出されたCOの産生のために減った体水分の量(COの産生量に相当)をrCO2とすると、次の関係式が成り立ちます。
rH2O +2rCO2 N k
水のOCOに取り込まれるという視点から、rCO22倍されています。OCOには2原子、H2Oには1原子含まれるからです。上の二つの式の両辺をそれぞれ引き算して整理すると、rCO2を求めることができます。
rCO2 = N(kO kH/
なお、体内水分量Nは、初めに二重標識水が体内で薄まって均一に分布したときの希釈率から求めることができます。
 CO産生量から酸素消費量を求めるには、呼吸商を知る必要がありますが、これは測定期間中に摂取した食事の糖質、脂質およびたんぱく質の比率から計算します。そして、1日あたりの総エネルギー消費量が、Weirの間接熱量測定の式(文献5)から求められます。この式では、総エネルギー消費量を酸素消費量、CO産生量および尿中窒素排泄量の関数で表しますが、通常の食事では、たんぱく質のエネルギー比率は約1/8で、総エネルギー消費量に対するたんぱく質の寄与がわずかなので、簡略化した次の式が使われます。
総エネルギー消費量(kcal=3.9×酸素摂取量 + 1.1×CO産生量
ここで、酸素消費量とCO産生量の単位はリットルです。
測定原理から分かるように、定期的に尿を採取するだけで測定試料が得られるので、拘束を受けずに生活をしている人のエネルギー消費量を求めることができるのが二重標識水法の利点です。しかし、高価な質量分析計を用いることと、二重標識水が高価なことが難点です。

3.エネルギー代謝と水
初めに、エネルギー代謝と水との関わりを、グルコースの好気的酸化について見ておきます。我われの体で起きるグルコースの完全酸化もるつぼで燃焼させる場合も、同じ化学反応式で表されます。
6H12O6 +O → 6 CO+ 6 H2O ・・・反応式1
ただし、るつぼの反応と違い、我われの体内では、Oは直接グルコースと反応しません。生化学の教科書(「ヴォート基礎生化学」(東京化学同人))には、グルコースの好気的酸化を概括的に把握するのに便利な記載があるので、それをベースにして説明しましょう。グルコースの好気的酸化は、形式的に二つの反応に分けられます。まず、グルコースの炭素原子をCOに酸化する反応が進行します。
6H12O6 + 6 H2O → 6 CO + 24 H+ + 24 e   ・・・反応式2
グルコースがH2O と反応して、COを生成する過程でH原子(H・= H+ + e)が取り出されます。このときH2OO原子がCOに移行します。この反応は、解糖系とクエン酸サイクルで起きます。続いて起きるのは、O分子を還元してH2Oを生成する反応です。
O + 24 H+ + 24 e → 12 H2O  ・・・反応式3
この反応は、ミトコンドリアの電子伝達系によって行われ、ATP合成のためのエネルギーが取り出されます。反応式2でH2O6分子使われ、反応式3で12分子できるので、正味6分子のH2Oが生成します。

グルコースの好気的酸化においては、反応式2の過程でH2OO原子1個がCOに取り込まれますが、反応式3から分かるように、生成するH2OO原子はすべてO分子由来なので、H2Oからは取り込まれません。H2Oがこのまま体外に排出されるのであれば、二重標識水法の原理では18Oの水分排出による減少を前提とするので矛盾が生じます。しかし、体内ではOからできたH2O O原子はCOを介して間接的に別のH2O分子のO原子と交換します。なぜかと言うと、COが組織で生成したのち呼気で体外に出るまでの間に、COと体内のH2O(新たに代謝でできた水も摂取した水も含めて)の間でカルボニックアンヒドラーセが触媒する次の反応が起きるからです。
CO + H2O   H2CO3
この反応によって、CO H2Oの間で18O原子の交換が起き、CO H2O18O/16O比が同じになるまで進みます。
C16O 18O + H216O C16O 16O + H218O
実際に、このようなことが起きることがマウスを用いた実験で明らかにされています(文献6)。二重標識水法では、このようにCOH2O 18O/16Oが同じになった状態で、体外へ排出されることが前提になっているのです。また、二重標識水の2H もカルボニックアンヒドラーセによる反応で別のH2O分子Hと交換して、体内の水全体に行き渡って平衡に達します。
 ところで、上記の二重標識水法の理論式(rCO2 = N(kO kH/)が成り立つには、つぎの仮定が必要です。
(1)摂取した安定同位体は体内でH2OまたはCO2にのみ存在し、他の体成分に移行しない。
(2)液体の水と水蒸気の間で2H/1H比および18O/16O比が同じである。また、CO H2O(液体)の間で18O/16O比が同じである。
しかし、仮定()は、Hがたんぱく質へ取り込まれ、Oが骨の無機質に取り込まれるので、厳密には正しくありません。18Oの希釈率から求まる容積は体水分量Nより1%大きく、2Hの希釈率から求まる容積は4%大きい値になります。仮定(2)については、2H/1H比および18O/16O比が液体の水より水蒸気で小さく、18O/16O比はCOの方がH2Oより大きくなります。これらの点に対して補正したCO2産生量(rCO2)を求める式が作られています(文献3)。
rCO2 = (N/2.076)(1.01kO 1.04kH) 0.0246×1.05×N(1.01kO 1.04kH)
ここで、18O2Hの希釈率から求まる容積をそれぞれNONHとすると、体水分量Nは、
N = (NO/1.01 + NH/1.04)/2
となります。


2.解糖系の代謝マップ。H2OH+の出入りに留意して化学変化を示す。反応のリン酸イオン(HOPO32)のHO の行方をたどれるように青とピンクでマーク。反応で取り込まれるH+を青丸でマーク。1分子のグルコースから2分子のグリセルアルデヒド3リン酸ができるので、グルコース1分子当たり反応6~10の化学変化が2回起きることになる。このことを考慮して、本文中の反応式4が得られる。「原書3版 医学のためのコア生化学」D.B. Marks著、伊藤誠二ら訳(丸善)の図をベースにして作成した。



3.ピルビン酸の酸化的脱炭酸(反応)とクエン酸サイクル(反応)。反応で取り込まれるH+を青丸でマークした。反応ではシトリルCoAが加水分解されるが、反応ではスクシニルCoAの加リン酸分解が起きる。また、反応⑱ではH2Oが取り込まれる。それぞれの反応で使われるH2とリン酸イオン(HOPO32)の行方を青とピンクでたどれるようにした。「原書3版 医学のためのコア生化学」D.B. Marks著、伊藤誠二ら訳(丸善)の図をベースにして作成した。






4.グルコースの好気的酸化と水
   これから先は、生化学の話です。まず、グルコースの完全酸化の代謝経路で、電子伝達系の前までの化学変化を取り上げます。これは、上記の形式的な反応式2に相当する代謝で、代謝経路を構成する化学反応の詳細を、図2と図3に示します。これらの図の化学反応の流れでは、H2OH+の出入りを正確に記し、かつ、これから先の説明の助けになるように配慮しました。それでは、図2と図3に示した代謝をH2Oとの関わりを念頭に置いて説明して行きましょう。この代謝は、解糖系(グルコースから2分子のピルビン酸ができる過程)、ピルビン酸の酸化的脱炭酸、そしてクエン酸サイクルの流れで進行します。生化学の教科書「ストライヤー 生化学」(東京化学同人)には、反応前後のH+の出入りが正しく記されているので、この教科書に従って、の過程のバランス式(反応に使われる分子と反応でできてくる分子の個数を示した反応式)を示します。
過程
グルコース + 2 Pi + 2 ADP + 2 NAD+
2 ピルビン酸 + 2 ATP + 2 NADH + 2 H+ + 2 H2O
                 ・・・反応式4
過程
ピルビン酸+ CoA + NAD+アセチルCoA + CO + NADH ・・・反応式5
過程
アセチルCoA + 3 NAD+ + FAD + GDP + Pi + 2 H2O →
                           2 CO + 3 NADH + FADH2 + GTP + 2 H+ + CoA
                                 ・・・反応式6
反応は中性の溶液中で行われるので、ピルビン酸はカルボキシル基が解離している状態で、リン酸(Pi)はHOPO32-のイオン型です。
次に、グルコースの完全酸化のバランス式を求めてみます。過程のバランス式は、グルコース1分子からピルビン酸2分子ができるので、の式の両辺を2倍した上で、三つの式の各辺を足し合わせて、次のようになります。
グルコース + 4 Pi + 2 ADP +2 GDP + 10 NAD+ + 2 FAD + 2 H2O →
                       6 CO + 10 NADH + 2 FADH2 + 2 ATP + 2 GTP + 6 H+
                               ・・・反応式7
この反応式7は、形式的に表した反応式2に対応するので、両者が同等であることを確認しましょう。反応式2の左辺では、6 H2Oがグルコースと反応しますが、反応式7の左辺は2H2Oです。実は、この式の4 Piが4H2Oに相当します(文献7, 8)。その理由は、Piを供給する反応は、主としてATPの加水分解ですが、この反応でH2Oの消費が起きるからです(文献8)。
ATP + H2O → ADP + Pi + H+ ・・・反応式8
次に、形式的な反応式2で生成する24 H+ + 24 eは、実際の化学変化に則して表すと10 NADH + 2 FADH2 + 10 H+に相当するはずです。ところが、反応式7では10 H+であるべきところが6 H+で、4 H+足りません。実は、反応式7の左辺の4 Piを生成するための4 ATPの加水分解によって4 H+生成するので(反応式8)、この4 H+が不足分を埋め合わせます。
ところで、グルコースの好気的酸化では、反応式7でできた10 NADH2 FADH2 Oと反応してH2Oを生成します。
10 NADH + 2 FADH2 + 10 H+ + 6 O → 10 NAD+ + 2 FAD + 12 H2O
                              ・・・反応式9
次に、反応式8の両辺を4倍した式を反応式7と反応式9と足し合わせます。GTPおよびGDPはそれぞれATPおよびADPと同じとみなせるので、結果は反応式1に帰結します。グルコースの好気的酸化では、反応式9で得られるエネルギーは通常ATP合成に用いられますが、上述の説明では、簡単のためにこの過程を含めていません。いわば、脱共役状態で熱エネルギーの放出が起きる反応に対応したものです。



今回の記事をまとめるに当たって、「二重標識水法と私」の所で述べたように、化学反応に着目する生化学の知識だけでは、全身で起きていることが見えないことがあることを痛感しました。二重標識水法をきちんと勉強する前には、二重標識水を用いるのは熱量素の完全酸化の過程で水が取り込まれる反応があるためと思っていたのですが、これだけでは正しくないことに気づいてびっくりしました。熱量素の完全酸化によって水と炭酸ガスができる事実が大切な事でした。まるで手品を見ているようで、二重標識水の行方を熱量素の酸化反応に目を向けていたら、視野にない所で水分子間でも水と炭酸ガスの間でも同位体交換が起きていたというのが種明かしでした。


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