この記事を投稿した直後に兵庫医科大学の化学教室主任 福島和明教授に読んでもらいました。そのとき頂いたコメントに、「ブログでは、水のOがCO2を介して交換する経路について解説してありましたが、他に1H 2 16Oと2H 2 18O の間でプロトンを交換することで形式的に16Oと18Oが交換する経路はないでしょうか」とありました。Wikipedia(https://en.wikipedia.org/wiki/Doubly_labeled_water#cite_note-5)にも、水分子間の水素の交換(水分子のイオン化を介する)が起きるので、普通の水に重い同位体を含む水を混ぜると、短時間に同位体平衡に達する旨の記載がありました。しかし、その当時調べた書物(参考資料1)で、H2Oの解離反応の反応速度定数が2.5×10-5s-1 (25℃)であることを知りました。この値から半減期を求めると7.7時間となり、イオン化反応は速やかでありません。それ故このブログで、水分子間の水素交換のことを触れずにおりました。
ところが、最近たまたま手にした本(参考資料2)に、ヒドロニウムイオン(H3O+)およびOH-と中性の水分子との間に速いプロトン移動が起きると述べられており、このプロトン移動の2次反応速度定数が示されていました。そこで、すべての水分子の水素原子が交換しあうのに要する時間を計算してみたところ、0.1秒に満たない値が得られました。したがって、二重標識水と体水分間の同位体平衡は、同程度の時間で達せられることになります。以下に、この結論に至った根拠を説明します。
水中ではH3O+から水分子へのプロトン移動および水分子から-OHへのプロトン移動が起きます。
H2O
+ H3O+ → H3O+ + H2O ・・・・反応1
H2O
+ OH- → -OH + H2O ・・・・反応2
これらの反応の2次反応速度定数は、それぞれk1 = 1.06 × 1010 M-1s-1 とk2 = 3.8 × 109 M-1s-1 です。より速やかに進む反応1によるプロトン交換の速度について考察を進めます。
H2O分子全体が反応1を介してプロトン移動を行う(「経験する」と擬人化して表現した方が分かりやすいと思われる)過程が、どのようなタイムスケールで進むかを計算してみましょう。中性の水には平衡状態で常に10-7 MのH3O+が存在し、このH3O+が触媒的に働いてH2O分子全体がプロトン移動を促進します。この過程は、[H3O+]が一定であるため見かけの速度定数が k1×[H3O+] の1次反応で表されます。 k1×[H3O+] の値は(1.06×1010)×10-7 = 1.06×103s-1です。
H2O分子全体が反応1を介してプロトン移動を行う(「経験する」と擬人化して表現した方が分かりやすいと思われる)過程が、どのようなタイムスケールで進むかを計算してみましょう。中性の水には平衡状態で常に10-7 MのH3O+が存在し、このH3O+が触媒的に働いてH2O分子全体がプロトン移動を促進します。この過程は、[H3O+]が一定であるため見かけの速度定数が k1×[H3O+] の1次反応で表されます。 k1×[H3O+] の値は(1.06×1010)×10-7 = 1.06×103s-1です。
上記の議論を踏まえて、ある時点で存在したH2O分子全体の99%がプロトン移動を経験するのに要する時間を求めてみます。t= 0におけるH2Oの濃度をx0、t = tにおいてプロトン移動を行っていないH2Oの濃度をxとすると、xの減少速度は一次反応式
-dx/dt
= k1[H3O+]x
すなわち -dx/dt =1.06×103 x
で表されるので、変数を分離し、t= 0 で x = x0、t = t で x = x の境界値で積分して
loge(x/x0) = -1.06×103t
となります。反応が99%まで進む時間は、この式でx/x0 = 0.01とおいて、t
= 4.34×10-3 sと計算されます。
反応1で生成したH3O+は、そのプロトンを次の水分子に与えてH2Oとなります。このとき、反応1で移動したプロトン(転移プロトンと呼ぶことにします)は2/3の確率でH2Oに取り込まれるので、第一ラウンドのプロトン移動反応で全体の2/3の水分子に、転移プロトン1個が移ります。第二ラウンドの反応で、転移プロトンを取り込んだ2/3のうちの2/3に転移プロトンが入りますが、残りの1/3の水分子は転移プロトン1個のままです。第二ラウンドのプロトン移動によって完全にプロトン交換した水ができるのは、プロトンを受け入れた水の半分です(第一ラウンドで取り込まれたプロトンが第二ラウンドのプロトンと入れ替わる確率が1/2であるので)。残り半分は転移プロトン1個のままです。さらに、第一ラウンドで転移プロトンの入らなかった残りの1/3の水分子には、確率2/3で転移プロトン1個が入り、上記のようなプロトン交換が起きます。このような過程を続けていったとき、第nラウンドの後に、転移プロトン0個ないし1個の水分子の占める割合は、
(1/3)n + (2/3)n + (1/3) (2/3)n-1 + (1/3)2 (2/3)n-2 + … + (1/3) n-2 (2/3) 2 + (1/3) n-1(2/3)
(1/3)n + (2/3)n + (1/3) (2/3)n-1 + (1/3)2 (2/3)n-2 + … + (1/3) n-2 (2/3) 2 + (1/3) n-1(2/3)
で表されます。n
= 14のときの値は、0.0069となりプロトン交換が99%以上進みます。先に計算したように1ラウンドの反応は4.34×10-3 sで終わるので、水分子全体のプロトン交換にはその14倍の6.08×10-2 sかかることになります。
このように水分子のプロトン交換が0.01秒のオーダーで進むことが分かりました。2Hは1Hに比べて重いため交換速度は若干遅くなるでしょうが、二重標識水と体水分間の同位体平衡は、0.1秒位で達せられると考えられます。
参考資料
1)I. AMDUR・GORDON G. HAMMES 著、三山 創・浅羽哲郎 訳「化学反応速度論―基礎概念と最近のトピックス―」、共立出版、1971年
2)H.アイリング・E.M.アイリング 著、 長谷川繁夫・平井西夫 訳「反応速度論
」、共立出版、1964年
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