2018年7月7日土曜日

二重標識水法 その1への追記(水分子間のプロトン交換)


この記事を投稿した直後に兵庫医科大学の化学教室主任 福島和明教授に読んでもらいました。そのとき頂いたコメントに、「ブログでは、水のOがCO2を介して交換する経路について解説してありましたが、他に1H 2 16O2H 2 18O の間でプロトンを交換することで形式的に16O18Oが交換する経路はないでしょうか」とありました。Wikipediahttps://en.wikipedia.org/wiki/Doubly_labeled_water#cite_note-5)にも、水分子間の水素の交換(水分子のイオン化を介する)が起きるので、普通の水に重い同位体を含む水を混ぜると、短時間に同位体平衡に達する旨の記載がありました。しかし、その当時調べた書物(参考資料1)で、H2Oの解離反応の反応速度定数が2.5×1051 (25℃)であることを知りました。この値から半減期を求めると7.7時間となり、イオン化反応は速やかでありません。それ故このブログで、水分子間の水素交換のことを触れずにおりました。
ところが、最近たまたま手にした本(参考資料2)に、ヒドロニウムイオン(H3O+)およびOHと中性の水分子との間に速いプロトン移動が起きると述べられており、このプロトン移動の2次反応速度定数が示されていました。そこで、すべての水分子の水素原子が交換しあうのに要する時間を計算してみたところ、0.1秒に満たない値が得られました。したがって、二標識水と体水分間の同位体平衡は、同程度の時間で達せられることになります。以下に、この結論に至った根拠を説明します。

水中ではH3O+から水分子へのプロトン移動および水分子からOHへのプロトン移動が起きます。
H2O + H3O+ H3O+ + H2O ・・・・反応1
H2O + OHOH + H2O ・・・・反応2

これらの反応の2次反応速度定数は、それぞれk1 = 1.06 × 1010 M11 k2 = 3.8 × 109 M11 です。より速やかに進む反応1によるプロトン交換の速度について考察を進めます。
H2O分子全体が反応1を介してプロトン移動を行う「経験する」と擬人化して表現した方が分かりやすいと思われる)過程が、どのようなタイムスケールで進むかを計算してみましょう。中性の水には平衡状態で常に10-7 MH3O+が存在し、このH3O+が触媒的に働いてH2O分子全体がプロトン移動を促進します。この過程は、[H3O+]が一定であるため見かけの速度定数が  k1×[H3O+] 1次反応で表されます。 k1×[H3O+] の値は(1.06×1010)×107 = 1.06×1031です。
上記の議論を踏まえて、ある時点で存在したH2O分子全体の99%がプロトン移動を経験するのに要する時間を求めてみます。t= 0におけるH2Oの濃度をx0t tにおいてプロトン移動を行っていないH2Oの濃度をxとすると、xの減少速度は一次反応式
-dx/dt  k1[H3O+]x
すなわち                           -dx/dt 1.06×103 x
で表されるので、変数を分離し、= 0 で x = x0、t = t で x の境界値で積分して
loge(x/x0) = -1.06×103
となります。反応が99%まで進む時間は、この式でx/x0 = 0.01とおいて、t = 4.34×103 sと計算されます。
反応1で生成したH3O+は、そのプロトンを次の水分子に与えてH2Oとなります。このとき、反応1で移動したプロトン(転移プロトンと呼ぶことにします)は2/3の確率でH2Oに取り込まれるので、第一ラウンドのプロトン移動反応で全体の2/3の水分子に、転移プロトン1個が移ります。第二ラウンドの反応で、転移プロトンを取り込んだ2/3のうちの2/3転移プロトンが入りますが、残りの1/3の水分子は転移プロトン1個のままです第二ラウンドのプロトン移動によって完全にプロトン交換した水ができるのは、プロトンを受け入れた水の半分です(第一ラウンドで取り込まれたプロトンが第二ラウンドのプロトンと入れ替わる確率が1/2であるので)。残り半分は転移プロトン1個のままです。さらに、第一ラウンドで転移プロトンの入らなかった残りの1/3の水分子には、確率2/3転移プロトン1が入り、上記のようなプロトン交換が起きます。このような過程を続けていったとき、第nラウンドの後に、転移プロトン0個ないし1個の水分子の占める割合は、
(1/3)n + (2/3)n + (1/3) (2/3)n-1 + (1/3)2 (2/3)n-2 + + (1/3) n-2 (2/3) 2 + (1/3) n-1(2/3)
で表されます。n = 14のときの値は、0.0069となりプロトン交換が99%以上進みます。先に計算したように1ラウンドの反応は4.34×103 sで終わるので、水分子全体のプロトン交換にはその14倍の6.08×10sかかることになります。
 このように水分子のプロトン交換が0.01秒のオーダーで進むことが分かりました。2H1Hに比べて重いため交換速度は若干遅くなるでしょうが、二重標識水と体水分間の同位体平衡は、0.1秒位で達せられると考えられます。

参考資料
1)I. AMDURGORDON G. HAMMES 著、三山 創・浅羽哲郎 訳「化学反応速度論―基礎概念と最近のトピックス―」、共立出版、1971

2H.アイリング・E.M.アイリング 著、 長谷川繁夫・平井西夫 訳「反応速度論 」、共立出版、1964


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2017年9月22日金曜日

二重標識水法 その6 補遺

二重標識水法(その4)において、グルコースの完全酸化の反応式を次のように表しました。

C6H12O6 + 8 H2O → 4 COO + 2 COO + 2 H2O  + 16 H+ + 8 H+ + 24 e-・・・反応式11


CO2 H2OができるときCHOの各原子がグルコースとH2Oのいずれに由来するかに着目して、この式ではグルコース由来のものを赤色、H2O由来のものを黒色で示しました。実は、この反応式は仮想的なものです。現実には、この通りの変化は起きないので、誤解がないように一言付け加えます。

初めに、説明の便宜のために、二重標識水法(その1)の図23を再掲します。


図2



図3




 そもそも、反応式11CO2O原子の由来に着目して導いいたものです。そのとき、クエン酸回路の反応で、アセチルCoAのアセチル基に由来するOをグルコース由来と記しました。しかし、これは、グルコースがピルビン酸に代謝される過程で、グルコースのOが溶媒のH2OOと入れ替わるので厳密には正しくありません。ましてやアセチル基のHの由来はとても複雑です。そもそも、グルコースのOH基のHは溶媒のH2Oとの間でプロトン交換が起きます。さらに、グルコースのHOは代謝経路の途中で溶媒のH2OHOと入れ替わるステップがあるため、反応経路中間体のHOは元のグルコースの原子と同じとは限りません。そこで、経路の反応で基質が生成物に変わるとき、分子式の上で基質のHOが生成物にとどまるものを「グルコース由来」とみなします。例えば、解糖系の反応2(グルコース6‐リン酸フルクトース6‐リン酸)で炭素骨格のHが部分的にH2Oとの間でプロトン交換をしますが、フルクトース6‐リン酸のHはすべて「グルコース由来」とします。反応5(ジヒドロキシアセトンリン酸グリセロアルデヒド3‐リン酸)でも同様なことが起きますが、両トリオースリン酸のHはすべて「グルコース由来」とします。また、反応9と反応10によって、3‐ホスフォグリセリン酸のC2HH2Oとして遊離し、ピルビン酸のC3に溶媒からH+が入ってメチル基 となりますが、このメチル基のHも「グルコース由来」とします。それ故、アセチルCoAのアセチル基は「グルコース由来」ということします。このような仮定の下に反応式11を見てください。グルコース(C6H12O6 の水素と酸素だけから水ができることはありません。つまりH2O はできませんが、反応92‐ホスフォグリセリン酸の水素と酸素を使って水ができるので、これをH2O と表したと考えてください。

 今回は、グルコースが代謝されるときにそのHOが実際に溶媒H2OHOと交換する反応を調べてみます。参考にした文献を初めに掲げておきます。

20. Model P, Ponticorvo L, Rittenberg D: Catalysis of an oxygen-exchange reaction of fructose 1,6-diphosphate and fructose 1-phosphate with water by rabbit muscle aldolase, Biochemistry, 7,1339-1347(1968)

21. Lowe G, Pratt RF: Proton exchange of the pro-S hydrogen at C-1 in dihydroxyacetone phosphate, D-fructose 1,6-bisphosphate and D-fructose 1-phosphate catalysed by rabbit-muscle aldolase, Eur. J. Biochem., 66, 95-104 (1976)

22. O'Donoghue AC, Amyes TL, Richard JP: Hydron transfer catalyzed by triosephosphate isomerase. Products of isomerization of dihydroxyacetone phosphate in D2O, Biochemistry, 44, 2622-2631(2005)

23. Rose IA, O'Connell EL: Intramolecular hydrogen transfer in the phosphoglucose isomerase reaction, J. Biol. Chem., 236, 3086-3092(1961)

24. Zhang BL, Yunianta, Martin ML: Site-specific isotope fractionation in the characterization of biochemical mechanisms. The glycolytic pathway, J. Bio.l Chem., 270, 16023-16029 (1995)

11アルドラーゼの反応。 H3NEは活性部位にあるリシン残基のε‐アミノ基を、OOCEは活性部位のグルタミン酸残基のγ‐カルボキシル基(解離型)を表す。OOCEはエナミン中間体ができるときに遊離するH+を受け取ってHOOCEとなり、そのHが中間体の二重結合の炭素に結合する。電子対の移行を示す矢印の向きは右向きの反応に対応する。
 http://www.chem.qmul.ac.uk/iubmb/enzyme/reaction/polysacc/41213.html を改変。


1.グルコースのOが交換する反応
解糖系の反応4(アルドラーゼの反応)の反応機構を図11に示します。まず基質フルクトース1,6‐ビスリン酸のケト基と活性部位リシン残基のε‐アミノ基の間で脱水が起き、シッフ塩基ができます。続いて生成するエナミン中間体のC3-C4結合が開裂すると、グリセロアルデヒド3‐リン酸が遊離して残った部分はジヒドロキシアセトンリン酸のシッフ塩基に変わります。このシッフ塩基が加水分解してジヒドロキシアセトンリン酸が遊離します。この一連過程でフルクトース1,6‐ビスリン酸のケト基のOが水のOと交換します。基質が生成物であるジヒドロキシアセトンリン酸およびグリセロアルデヒド3‐リン酸と共存して平衡状態にあると交換反応はより速やかに進むことが観測されています(文献20)。また、フルクトース1,6‐ビスリン酸やジヒドロキシアセトンリン酸のケト基のOは、自然に水のOと交換する性質があり、交換反応の1/2は、前者が30分、後者が1分以下です(文献20)。したがって、反応5によってグリセロアルデヒド3‐リン酸のOH基のOもジヒドロキシアセトンリン酸のケト基のOに変わるので水のOと交換することになります。

2.「グルコース由来」のHが溶媒のH+と交換する反応
①反応4を触媒するアルドラーゼがジヒドロキシアセトンリン酸と溶媒のH2Oとの間で立体特異的にH+を交換する反応を触媒することが知られています。これは、ジヒドロキシアセトンリン酸と活性部位のリシン残基との間で作られるシッフ塩基が、エナミン中間体に変わるときに引き抜かれるH+(図11HOOC-EHとなる)が溶媒のH2Oと交換するためです(文献21)。
12グルコース6‐リン酸イソメラーゼとトリオースリン酸イソメラーゼの反応。ケト‐アルデヒド相互変換を触媒するのにグルタミン酸のγ‐カルボキシル基が使われる。図中のE-COOは解離型、E-COOHは非解離型のカルボキシル基を表す。文献22の本文中にある反応式を改変。


②反応2(グルコース6‐リン酸とフルクトース6‐リン酸との間の異性化)と反応5(グリセロアルデヒド3‐リン酸とジヒドロキシアセトンリン酸との間の異性化)は、ともにアルデヒドとケトとの異性化反応で、図12に示すように、基質がエンジオール(解離型)中間体を経て生成物ができます。反応5の場合には、グリセロアルデヒド3‐リン酸は、C2HH+として引き抜かれて活性部位のグルタミン酸残基のカルボキシル基(解離型)に移り、エンジオール(解離型)中間体に変わります。カルボキシル基に移ったH+がエンジオール(解離型)中間体のC1位に移ってジヒドロキシアセトンリン酸が生成します。この反応の途中でカルボキシル基に移ったH+が部分的に溶媒のH+と部分的に交換することが、グリセロアルデヒド3‐リン酸をD2O中で酵素反応を行わせる実験で明らかにされています。文献22の実験条件では、交換の割合は約半分でした。似たことが反応2の場合にも起きます。

13C2位の水素を3Hで標識したクエン酸を基質としたアコニタゼの反応。最初のステップで、酵素の活性部位の塩基によってクエン酸C2位の3Hがとして引き抜かれ、シス‐アコニット酸ができる。このときOHも遊離する。塩基に受け取られた3Hシス‐アコニット酸のC3位に付加されて、イソクエン酸ができる(左側縦矢印下向きの反応)。酵素反応中間体([  ]で括った状態)からシス‐アコニット酸が遊離することがあり、塩基に受け取られた3Hが別のシス‐アコニット酸に付加してイソクエン酸ができることがある(右側横矢印左向きの反応)。また、塩基に受け取られた3Hが溶媒のHと交換すると、このHが新たに酵素と結合したシス‐アコニット酸に付加されて3Hを持たないイソクエン酸またはクエン酸ができる反応も起きる(右側縦矢印下向きの反応)。化学式中のの  「-<」はCOOHを表す。文献23の本文中の反応スキームを改変。


アコニターゼが触媒する反応13には、H2Oの出入りが起ります。クエン酸の脱水によってシス‐アコニット酸ができ、この反応中間体の二重結合にH2Oが付加してイソクエン酸ができます。クエン酸のC2位とイソクエン酸のC3位の水素を同位体2H3Hで標識した化合物を用いた実験の結果から、図13に示すような反応が起きると考えられました(文献22)。C2位に3Hを持つクエン酸からイソクエン酸ができる反応では、シス‐アコニット酸ができるとき、クエン酸の脱水反応で3Hが活性部位の塩基に引き抜かれます。このとき生成する共役酸の解離は遅いため、共役酸から3Hが酵素に結合しているシス‐アコニット酸に付加されてC3位に3Hを持つイソクエン酸が生じます。つまり、クエン酸からイソクエン酸への反応で水素の分子内転移が起きます。一方、途中でシス‐アコニット酸が酵素から遊離すると、すでに蓄積していたシス‐アコニット酸が3Hを担った酵素に結合して、イソクエン酸を生成する反応が進みます。また、酵素の共役酸の3Hが溶媒のHと交換してから、シス‐アコニット酸が酵素と反応すると、C3位にHを持つイソクエン酸ができます。なお、イソクエン酸C2位に18Oで標識した水酸基を持つ化合物を使った実験によって、生成するクエン酸に18Oが取り込まれないことが観察されました。

これらの反応以外に、グルコースの完全酸化の代謝経路には、明白にH2OH+が中間体に取り込まれる反応があります。それらは二重標識水法(その1)の図23に示しています。

反応6において PiHOPO32)のO原子1個が1,3‐ビスホスホグリセリン酸のカルボキシル基のOとなり、ピルビン酸のカルボキシル基のOとなります。

⑤ 2ホスフォグリセリン酸がピルビン酸に変わる過程(反応9と反応10)において3‐ホスフォグリセリン酸のC2HH2Oとして遊離し、ホスフォエノールピルビン酸のC3に溶媒からH+が入ってピルビン酸のメチル基 となります((その1)の図2を参照)。

⑥  反応12において シトリルCoAの加水分解で使われるH2OO原子は、クエン酸のカルボキシル基に入ります。しかし、H原子はCoASHHH+となり、中間体には取り込まれません。

⑦ 反応14においては、イソクエン酸が先ずNAD+によって脱水素されて反応中間体オキサロコハク酸が生成し、次に中央炭素に結合するカルボキシル基がCO2として遊離します。その結果できたエノール(解離型)中間体の中央の炭素原子にH+が結合してαケトグルタル酸ができます。

⑧ 反応1718が進行すると、コハク酸の炭素骨格から2原子のHがコハク酸脱水素酵素(反応17)によって除かれ、フマラーゼ(反応18)によってフマル酸にH2O 由来のHOHが結合してリンゴ酸ができます((その1)の図3を参照)

ところで、(その1)の図3には、H+反応1115において反応途中で入ることが示されています。このH+は、二重標識水法(その3)の図6に示すように、炭素骨格に結合せず、最終的にNAD+の還元にかかわります。

以上述べたように、グルコースが代謝されるときに、溶媒H2Oの原子と交換する反応がたくさんあって、元のグルコースの原子の多くが、最終的にH2O CO2ができるときには溶媒H2Oと交換していることになります。酵母によるエタノール発酵を調べた研究では、エタノールのメチル基の水素の約50%が水に由来するという結論でした(文献24)。したがって、反応式11は、単純化しすぎた表現であるとのそしりをまぬかれませんが、解糖系でH2O2分子生成することを包含させたかったのです。


今回は、二重標識水法(その4)で述べたことが正確でなかった点を繕いました。同時に、グルコースが代謝されるときにグルコースと溶媒H2Oの間で起きる原子の交換について述べました。アルドラーゼ、イソメラーゼおよびアコニターゼの反応については、簡略な反応機構の図示にとどめ、酵素の三次元構造に基づいた詳細な説明は割愛しました。関心のある方には、次のウェブサイトの記事が役立つと思います。



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2017年1月22日日曜日

二重標識水法 その5 脂肪酸の完全酸化

今回は、脂肪酸の完全酸化におけるH2Oの関与について考察してみます。炭素数16の脂肪酸であるパルミチン酸を例にして、先ず、その化学的な燃焼を考えます。その反応式は次のようになります。

C16H32O2 + 23 O2 16 CO2 +16 H2O・・・反応式12

パルミチン酸の酸化が生体で起きる場合には、代謝経路の中間体にH2Oが取り込まれつつ脱水素反応が起きます。そこで、パルミチン酸の酸化を形式的に二つの反応に分けて表します。まず、パルミチン酸の炭素原子をCO2に酸化する反応が進行します。

C16H32O2 +30 H2O →16 CO2 + 92 H+ + 92 e   ・・・反応式13

パルミチン酸がH2と反応して、CO2を生成する過程で脂肪酸からH原子(H・= H+ + e)が取り出されて、H2OO原子がCO2O原子になります。この過程は、β酸化とクエン酸サイクルが行います。続いて、O2分子を還元してH2Oを生成する次の反応が続いて起きます。


92 H+ +92 e +23 O2 → 46 H2O  ・・・反応式14

この反応は、ミトコンドリアの電子伝達系によって行われ、ATP合成のためのエネルギーが取り出されます。反応式13H2O30分子使われ、反応式1446分子できるので、正味16分子のH2Oが生成します。
図9.脂肪酸の活性化。 A, 脂肪酸の活性化のメカニズム。B, 脂肪酸活性化反応の生成物であるAMPPPi H+、および脂肪酸の解離でできるH+からATPH2Oが生成することを示す。詳細は注1)参照。https://ja.wikipedia.org/wiki/%CE%92%E9%85%B8%E5%8C%96#/media/File:Activation_of_fatty_acids.pngをベースにして作成。


10.脂肪酸のβ酸化。パルミチン酸の場合、反応1から4の過程が7回繰り返される。「原書3版 医学のためのコア生化学」D.B. Marks著、伊藤誠二ら訳(丸善)の図を改変。

ところで、このように進行するパルミチン酸の完全酸化も、化学的な燃焼と同じ反応式12で表すことができるはずです。このことを確認しましょう。実際に体内で起きる脂肪酸酸化の化学変化は、図9A10で示すように進みます。反応式で表すと次のようです。

     脂肪酸 + CoA-SH + ATP → アシルCoA + AMP + PPi + H+・・・反応式15
     アシルCoAC: n個)+ FAD → trans-Δ2-エノイルCoA + FADH2
     trans-エノイル-CoA + H2O → L-3-ヒドロキシアシルCoA
     L-3-ヒドロキシアシルCoA + NAD+ → 3-ケトアシルCoA + NADH + H+
     3-ケトアシルCoA + CoA-SH → アセチルCoA + アシルCoAC: n2個)
   
①の反応式の脂肪酸はカルボキシル基が解離した型(RCOO)です。この反応は脂肪酸の活性化で、そのメカニズムを図9Aに示します。先ず、脂肪酸のカルボキシル基がATPのα位リン酸に結合してアシルAMPが中間体として生成してPPiが遊離します。続いて、CoA-SHのチオール基がアシルAMPのカルボニル炭素を攻撃し、アシルCoA AMPが生成します。このときチオールからH+が遊離します。①の反応を完全に進行させるのは、PPiのピロホスファターゼによる加水分解で生じるエネルギーです。反応式15だけ見ると、ATPのエネルギーを使って脂肪酸とCoA-SHの間でチオエステル結合を作る反応に見えます。ここで、反応産物のAMPPPiおよびH+から反応に使われるATPを生成する反応(図9Bに示す)を考えると、①の反応は、カルボキシル基が非解離型の脂肪酸(RCOOH)とCoA-SHとの間で起きる脱水縮合で置き換えることができます。脂肪酸がパルミチン酸の場合、次の化学式のようになります注1)

パルミチン酸(RCOOH+ CoA-SH → パルミトイルCoA + H2O・・・反応式16

この反応はサイトゾルで行われ、アシルCoAはミトコンドリア内膜を通過し、マトリックスにおいて酸化されます。この酸化は脂肪酸のβ位でおきるのでβ酸化と呼ばれ、上記の②から⑤の反応の繰り返しによって進みます。パルミチン酸の酸化では、パルミトイルCoAから出発し、7回繰り返されます。パルミトイルCoAの酸化のバランス式は次のようになります。

パルミトイルCoA + 7 FAD + 7 NAD+ + 7 CoA-SH + 7 H2O
     8 アセチルCoA + 7 FADH2 + 7 NADH + 7 H+・・・反応式17

8 アセチルCoAがクエン酸サイクルで代謝される反応は、「二重標識水法(その1)」の反応式6の両辺を8倍して、

8 アセチルCoA +24 NAD+ + 8 FAD + 8 GDP +8 Pi + 16 H2O →
                            16 CO2 +24 NADH +8 FADH2 + 8 GTP + 16 H+ + 8 CoA-SH

となります。この式と反応式16および17の両辺をそれぞれ加え合わせると、反応式13に対応した式が得られます。

パルミチン酸(RCOOH+ 31 NAD+ + 15 FAD + 8 GDP +8 Pi + 22 H2O →
                                          16 CO +31 NADH +15 FADH2 + 8 GTP + 23 H+ 

左辺の8 GDP8 Piは、次式ように 8 GTPの加水分解反応によって生成します。 

8 GTP + 8 H2O → 8 GDP +8 Pi + 8 H+

これら二つの反応式の両辺をそれぞれ加えると、反応式13に対応した次の式が得られます。

パルミチン酸(RCOOH+ 31 NAD+ + 15 FAD + 30 H2O →
       16 CO2 +31 NADH +15 FADH2 + 31 H+・・・反応式18

この反応でできる 31 NADH15 FADH2 が電子伝達系を介してO2を還元しH2Oを生成します。この反応は、次式のようになります。反応式14に対応する反応です。

31 NADH +15 FADH2 + 31 H+ + 23 O2 → 31 NAD+ +15 FAD + 46 H2O

これら二つの反応式の両辺をそれぞれ加えると、反応式12になります。これで、脂肪酸の生化学的な酸化が脂肪酸の化学的な酸化(反応式12)と同じであることが確認できました。

次に、脂肪酸の完全酸化で生じるCO2Oの由来を調べてみます。パルミチン酸の炭素原子が酸化されてCO2を生成する反応は、形式的に反応式13で表されます。一見、パルミチン酸の2原子のOとH2O由来の30原子のOによって16 CO2ができるように見えますが、実際はパルミチン酸の由来Oは1原子で、あとはすべてH2Oからです。事実、反応式18で示されるように31 H2Oが使われます。この点を考慮すると、反応式13を次のように表すことができます。

C16H32O2 +31 H2O →15 COO + CO + HHO + 31 H+ + 61 H+ + 92 e

この式のHHOの二つのHは、反応式16で示されるようにパルミチン酸のカルボキシル基とCoA-SH由来します。CoA-SHのHは、アセチルCoAがクエン酸サイクルに入る段階でH2Oから入るので、H2O由来です。また、92 eは、パルミチン酸のC:H結合およびC:C結合の電子対に由来します。

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注1)図9Bに書かれた化学変化を個別に表すと次のようになります。

(a)脂肪酸カルボキシル基の解離
   脂肪酸(RCOOH脂肪酸(RCOO+ H+

(b) 脂肪酸の活性化
脂肪酸(RCOO+ CoA-SH + ATP ⇌ アシルCoA + AMP + PPi + H+

(c) ピロリン酸の加水分解
PPi + H2O → 2 HOPO3-2

(d) アデニル酸キナーゼによるリン酸基転移
AMP + ATP ⇌ 2 ADP

(e) ミトコンドリアにおけるATP合成酵素の反応
2 ADP + 2 HOPO3-2+ 2 H+ ⇌ 2 ATP + 2 H2O


これらすべての式の両辺をそれぞれ足し合わせると、反応式16となります。(b)で使われるATPを、生成物であるAMPPPi H+、および(a)で遊離するH+から作るとき、H2Oが生成します。このH2O反応式16H2Oに相当します。実際、図9Aに示すように脂肪酸のカルボキシル基のO 原子がAMPのリン酸基のOとなり、このAMPが代謝される過程でH2Oが生成します。本文中のカラーで表した化学式においてこのH2OHHOで示しました。

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